Young, Alive, in Movie

若者は映画に生きる

【映画感想】『全身小説家』物語とは?創作とは?

全身小説家

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【あらすじ】

ゆきゆきて、神軍」の原一男監督が、平成4年5月にガンで亡くなった小説家・井上光晴の晩年の5年間を追ったドキュメンタリー。映画は、彼が文学を教える生徒や、埴谷雄高瀬戸内寂聴らの証言を通して、井上光晴の文学活動を捉えるとともに、撮影開始直後に発覚したガンと闘う姿を生々しく撮り続ける。

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【個人的評価】90点

 

 
【ネタバレなし感想】

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ドキュメンタリー映画」と言われると「なんか堅くて社会派で難しそう....」と思うかもしれない

 


でもこの映画は全然違うよ!

 


この映画では『明日―1945年8月8日・長崎』や『地の群れ』などで知られる小説家 井上光晴の晩年が描かれるんだけど、なんといっても「井上光晴」という人間の強烈さがすごくてとても面白い!

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この映画の主役(?)の井上光晴先生

 

※ここから微ネタバレ
小説家だから堅くて気難しいなんてことはなく、舞うわ、口説くわ、モテるわ、女装までするわ...

講演では「バレなければ、みんな不倫したり、やりたいことやればいい」なんて言っちゃうし(奥さんいるのに)

 

友人たちの前での振る舞いや文学伝習所(小説教室)などを見ているとカルトの教祖のような奇妙さを感じてしまう

 

 

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ところどころ入る講演シーンにより井上光晴さんの思想や作品哲学等が分かるようになっている

 

そして全てをさらけ出す姿勢がすごい!

自分の生い立ちなどなんでも話すし、極めつきは手術中の様子まで撮影許可しちゃうまさに腹の内を全て見せる(二重の意味で)ような内容だ!

 

 

 

特に「父親に捨てられた話」「初恋、そして朝鮮人女性の売春宿での童貞喪失の話」はなかなか強烈

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再現ドラマがところどころ入るんだけどどれもモノクロでなんか幻想的で印象に残る

 

正直、人によってはかなりそれでいてグロテスクに見えるドキュメンタリーかもw

 

 

そんな人間が余命を宣告された時、一体何を遺すのだろうか?

 

 

 

 


文学伝習所の指導にも熱が入り、たくさんの講演をこなす様子....

死が近づき作品哲学が変化していく様子....

そんな創作者の死の間際のドラマが描かれる

 

 

 

 


....ように思えたが、映画が進むに連れ、様子がおかしくなってくる

 

 

 

【ここから核心ネタバレ感想】

 

 

井上は生前、自らの生い立ちについて「中国関東州旅順で生まれる」「独学で専検に合格、七高、国学院などで学ぶ」と語っていた

 


しかしそれらの生い立ちと友人などとのインタビューに食い違いが出てくるのだ

 

 

 

そこで本格的に彼の語った生い立ちを調べてみた結果、前述した生い立ちや学歴、「父親に捨てられた話」「初恋、そして朝鮮人女性の売春宿での童貞喪失」などのエピソードまでもが虚構だったと判明する

 

タイトルの「全身小説家」はまさにこの自分の語る人生までも虚構であった井上光晴さんを体現しているタイトルなのだ


正直、ここら辺は見ていてつらい

なにせ生前言っていた見栄をはるような嘘が一つ一つ証拠を出され暴かれていくのだから(ここの編集がすごく上手いのがまた)

 

 

 

だがしかしここである事に気づく

 


井上の嘘が判明した時、その嘘に対して怒る人が1人もいない、いやむしろ最初から分かってたような反応をする人が多いのだ

 

つまりこの映画は井上の嘘を糾弾したり責めるような内容ではない

 

 

小説を創作するに留まらず人生すら小説そのもののようにになってしまったが人々に愛された井上光晴さんを通し、嘘を、つまり「小説」を「映画」を肯定するのがこの映画なのだ

 

 

井上は生前「自分が死ぬまでの記録を書くぐらいなら、嘘八百の短編でも書く」と語っていた

 

 

すぐに嘘だと分かる嘘をよく吐くと言われた井上は見栄のためだけでなく楽しむために嘘を吐いてるという側面もここで見えてくる(まあほとんどは不都合な真実を隠すためのものかもしれないけど....)

 

 

 

映画 物語 小説といったもののほとんどの要素は“嘘“で出来ている

ゴジラウルトラマンも結局は嘘だし、俳優は本当に悲しくて泣いてるわけではない

ノンフィクションの自分の物語を作る時、自分に都合のいい出来事を選べばそれはもうフィクションであるというのは井上さんが生前に語っていたことだ

 

 

 

この嘘にまみれた映画である全身小説家を観ると物語やフィクションというものの根源を感じるのだ

 

 

 

井上さんは嘘には説得力が肝心だと語っていた

説得力があり、作り話だとしても生きてるように感じる嘘、それこそが良いストーリーなのかもしれないと僕は思う

  

 

 

しかし、この映画が撮られた当時の人からすれば井上さんのような事は「とても珍しい変わった人」だったのかもしれないけど、SNSによりそういう感じの人が“嘘松”として大量に目に入るようになっちゃったからむしろ「普遍的な人」になったりしちゃったのかなあとかも思ったな(いや当時から珍しくなかったのかもだけど)

 

【統括】

ある小説家の人生を通して創作とは?虚構とは?を問う傑作!

ドキュメンタリーを通して嘘を描いててとても面白い映画だなあと思います

 

【ちなみに】

この映画のラストは瀬戸内寂聴の「私と井上さんはセックス抜きの男女の友情が成立する稀有な関係でした」といった内容の弔辞で終わるのだがそれも嘘で肉体関係大アリだったらしい.....

もう何が嘘で何が真実なのやら....もしかしたら嘘か真実かなんてのはこの世界において些細な問題なのかもしれないと思う

ただ一つ分かるのはこの2人の肉体関係についてはあまり掘り下げたくない話題だってこと.....